発達障がい児をもつ母として

ウチの子、普通じゃないかも……不安を感じ始めた時のこと

 
妊娠中は何事もなく無事出産。
新生児のうちは夜泣きやら何やらで大変……と腹をくくっていました。
しかし娘は、毎日いつでも静かでとにかく泣かない!
夜泣きなんてもちろんしなくて、びっくりするほど手がかからなかったんです。
8ヶ月の頃には眠くなると自分でハイハイしてお布団へ。
寝かしつけるということを、私は全くする必要がありませんでした。

これはおかしい……私がかすかな不安を感じている中で、娘はすくすくと成長します。
しかし、成長すればするほど「とてつもない落とし穴があるに違いない」と不安はどんどん大きくなっていきました。こうして、娘が1歳になる頃には外出するのも嫌になり、親子で引きこもりのような生活を送るようになったのです。

そんな矢先にあった、1歳半検診でのこと。
周りの親子がどんどん帰って行く中、私たち親子だけ検診が終わるまで残されました。
そして、保健師さんが遠回しに言った言葉は、「発達に遅れがみられます」。
保健師さんは、私が気が動転しないように落ち着いて話してくれましたが。しかし、衝撃的な、でも薄々感じていた事実を突きつけられた私は、泣きながらベビーカーを押して帰ったという記憶しかありません。今思えば、その時が人生最初で最大の、どん底に突き落とされた時だったかもしれません。

「自閉症」と正式に診断された時のこと

 
現実を突きつけられた1歳半検診以降、毎日をやり過ごすだけの日々が始まりました。3歳にならないと正確な診断は出来ないということで、3歳までの1年半は、指定された病院に通い療育を受ける日々。
普通に生まれて、普通に育ってると思っていたのに……この期間は、そんな思いの中で過ごした日々だったように思います。
そして3歳になったある日、娘に下された診断結果は、広汎性発達障がいに含まれる「自閉症」。
さらに大きな現実を突きつけられました。
そこからは、時間があればインターネットで「自閉症」について検索する日々。
検索したところで、沈んでいる気持ちが上向く情報などまったくありません。でも、それが分かっていても検索せずにはいられませんでした。
1歳半検診で“どん底”は味わっているはずなのに、底がない闇に落ちていくだけの日々でした。

「障がい=治らない」その後数年は、この方程式に悩みました。
うちの子は手を繋がない、振り返ればいない、しゃべれない、コミュニケーションも満足にとれない――普通の子連れのファミリーを見るたびに、精神状態が崩壊する毎日。
この頃は「あと1ヶ月頑張ったら死ねばいいや」と、毎日自分に言い聞かせていたように思います。
こんなの、親として一生頑張れなんて言われても無理ムリ!
私にはできない――世の中の母親像と、どんどんかけ離れていく自分の感情。

でも不思議と、「あと3ヶ月、あと半年生きてみよう……」と、なぜか命の猶予は自然と延びていきました。
そのきっかけは、頑張るのを諦めたこと。長い戦いにるからこそペースダウンです。
悪い意味ではなく、現実として治ることがらと、、自分なりのライフバランスを考えだしたのです。
大変こともいっぱいでしたが、楽しく笑える瞬間もあったからこそ「どうにかるか」と。
とにかく、私は“いいお母さん”にるのをやめました。

こうして「他人に何を言わようが、自分で決めたスタンスの中でお母さんとして頑張ろう!」と割り切ることができたのです。

発達障がい児が幼稚園に入園するということ

 
住んでいる地域の幼稚園2か所に、願書を出す数日前に広汎性発達障がいをカミングアウト。
入園拒否されるという事例をネット等で見て知っていました。しかし、入園を希望する幼稚園に入園面接があり、多少しゃべれいとマズい……。
その時点でほとんど話せかったので、これで面接どのみち通らいと思い、
迷った結果のカミングアウトでした。
そしてあっさり……入園拒否。

「障がい者は大人になっても、障がい者に囲まれ生きていく。
今無理に頑張って健常児に混ぜることはない。それは親のエゴですよ」

と、園長先生から衝撃的な言葉をいただき、人生最大の怒りが込み上げる私。
この夜、自宅の壁に巨大な穴があいたのは言うまでもありません。

とはいえ、集団生活を経験させた方が療育的にもプラスであることは間違いありません。
友人が働いていた隣市の幼稚園にお願いし、入園させてもらうことが出来ました。
自由な校風の幼稚園で、無理なくすくすく育つ娘。
あきらめていたトイレトレーニングも、幼稚園に入ってすぐにあっさりオムツを卒業。
文法は??ですが、数えるくらいの単語しか話せなかったのに、幼稚園での集団生活を通して何とか話せるようにもなりました。

どこかの園長に「普通の幼稚園に行かせるのはかわいそう」と言われた娘でしたが、その言葉がいかにあてにならなかったかを裏付けるように、3年間、先生方や周り方の協力のおかげで楽しく幼稚園に通うことが出来ました。

小学校へ…発達障がい児の就学問題は悩みの宝庫

 
小学校の就学問題は、発達障がい児を持つ親が最初にぶち当たる大きな悩みではないでしょうか?
この問題に結論を出すことは、まさに我が子の人生を左右することになる大きな決断です。
普通の小学校に行かせるのか?
通級させるのか?
支援学級に在籍させるのか?
支援学校に行かせるのか?

とにかく悩む、悩む、悩む!
私も、誰に相談してもまったく決められず、本当にギリギリまで悩みました。
相談する窓口あっても、結局最終的な決断は親が下さなければなりません。

最終的には、私の必殺技「動物的勘」に頼ることに(笑)。
頭はあまり冴えないけど、昔から勘だけはいい自分を信じて決めることにしました。

結論として、「とりあえず普通の小学校に行き、週4時間の通級」という方法を選択。

“初めて”が苦手な娘なので、入学式前日の夕方に学校へうかがい、体育館で入学式の時に座る位置の確認や、先生方とご挨拶を済ませました。
無事に入学式は終わり、こうして娘の小学校生活は始まりを迎えたわけです。

そもそも、“発達障がい”とは…

 
最近何かと「発達障がい」という言葉を見聞きする機会も少なくないのではないでしょうか。
専門家でも医者でもいですが、発達障がい児を持つ母親として、かなり簡単にご説明致します。

まず、「発達障がい」と一口に言っても、いくつかのタイプに分類されます。
自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如、多動性障がい(ADHD)、学習障がい……ど。
共通しているのは、「生まれつき脳の一部の機能に障がいがある」ということ。
同じ障がいがある人同士でも、まったく似ていように見えることもあります。
個人差がとても大きいという点が、発達障がいの一番の特徴のです。

私の娘も発達障がいに含まれる「広汎性発達障がい」。
いわゆる自閉症です。
主に、社会性やコミュニケーション能力の獲得といった、人間の基本的機能の発達遅滞を特徴とします。
しかし、知的に遅れをともう人もいれば、そうでい人もいます。
本当に多種多様のです。

生きていく中で、まず何が壁にるかというと……ぱっと見ただけで健常者とかわらいこと。
困っていても、困っていることに気づいてもらえい。
その状況に気づいてもらうのも大変ですし、周りに理解してもらうのも大変です。

“個性”というとらえ方もありますが、私障がい障がいだと思います。気の持ちようでどうにかることでもいですし、逆に障がいと認識していただいた方がわかりやすいと、実感として思っています。
個性と言われてしまうと、まるで育て方や後天的理由で発達障がいにったと勘違いされかねいので?と思います。

発達障がい、育て方や環境でるものでありません。
生まれつきの、脳の一部の機能障がいのです。